About us

テラリウムに魅了され!

開発者である岸田卓氏は、南国土佐の大工の棟梁の跡取りとして1956年夏に誕生し、夢見がちな少年時代から青年期までを、眼前に果てしなく広がる太平洋を身近に感じながら、のびのびと自由奔放に成長した。父親のDNA通り、二十代半ばから橋梁建設などの設計デザインなどを手がけ、数多くの3D構造などに取組んでいた頃、大阪のDIYショップでふと目にした、シンプル構造のきれいなテラリウムに魅了され、その機能美に刺激を受ける。

轟の滝

Our history

そもそも新しいモノに目敏く、人懐こい性格の卓さんこと岸田卓氏は、早速その場で躊躇することもなく売場の担当に作り方を教わり、組立パーツを手に入れ、童心に帰り組み立て始める。

当初は見かけに似合わず、かわいいサイズのテラリウムに草花や岩などを入れ、ままごとの様に楽しんでいた。その後、友人から美容外科医院のマネージメント業務を頼まれ、東京での仕事の余暇に様々なヒーリング・アイテムを目にする事になる。約十年間の不慣れな東京で、せわしない生活や様々な人との出会い、目まぐるしいビジネス経験を経て、改めて己れの求めているオリジナルのテラリウム創作に取り掛かる。

はじめの頃は、中に観葉植物などを入れていたが、思った以上に成長が早過ぎるので、苔や雑木などに切り替え、試行錯誤を繰り返していた時、ふとどこかで見たことがある、とある風景を表現したくなった。

それは遥か昔に見たような、四国の山奥の原風景である。なぜか、おぼろげながらそのイメージが一瞬脳裡に思い浮かんだのだ。それは、海が大好きな卓少年がある日、嫌々親父に連れていかれた時に山奥で目にした、玉織姫伝説で有名な轟の滝(とどろのたき)の、爽やかなシーンが脳裏に浮かんだ時である。

その忘れられない思い出から、ミニチュアの滝をイメージし、独自の機能を持つミスト・システムの開発に挑み始める。しかしながら、なかなか思うようなミストが再現出来ず、その後何度も、ああだこうだと試行錯誤を三年以上にわたって繰り返す。

と同時に、容器開発にも力を注ぎ、メインは植物か容器かを考えあぐねた。その結果、あくまでもメインは中身だと結論付け、容器の正面部分を大きく開口して、見やすいデザインに設計し直し、最終的にこのフォルムにたどり着く。

Advantages

ここからは余談だが、容器のデザイン作業に日夜取り組んでいたある日、ステンドグラス製作のプロに相談してみた。すると「あなたの技術は、すでに巧みの粋に達している!」と言われたとの事である。

その言葉に自信が得られ、後押しされるように、色々な苔を求めてネットを駆使して探し求めていた時、東京の自由が丘で「苔盆」を創作し、教室を開いている木村日出資盆栽師と出会う。さすが人懐こい卓さんは、即、その場で師弟関係を結び現在に至っている。さらに、地元四国の高松には、卓師匠の右腕を担うパートナーが存在する。この人物は40年来の友であり長年に渡り、付かず離れずしながらも創作作業をサポートし、時にはアドバイザーとしても観察してきた。

その立場で、この作品を冷静に客観視すると、盆栽の様な完成形をセッティングしてしまうと、後で手直し出来なくなる。その為にはアレンジし易い、雑木、苔などを利用しているとの事であるらしい。

また、植物を容器に入れ全体を覆うことによって、湿度管理が容易にでき、植物が長持ちする事など、開発者と二人でこの商品特性をクールに見守ってきた、この人物の存在は、この商品を世に送り出す為には、貴重なポジションとなるようだ。

一方、開発者卓さん本人が曰く、「ぼくは昔どこかで見た事があるこんな風景を見に、リュックを背負い、水筒を持って、友達を連れて行ってあげたいんですよ!」と、以前、知り合いにした時、その知人は「それは、卓さんの心の風景だよ!」と言われた。

と、南国土佐の海を後にして、しがない都会生活のかたわら感慨深そうに語る岸田卓氏は、還暦を翌年に控えながら、念願の世界デビューに向け夢を馳せる、南国生まれらしいポジティブ過ぎる人物である。

our team

we are Unsavory ties!
Taku Kishida

岸田 卓
Glass Artists

東京都 世田谷在住

Fumio Kondo

近藤 文雄
Director

高松市在住

partner

link

mossroom